建築意匠としての天然スレートの調査と研究
横浜山手本通りの外人墓地前にある山手十番家のトンガリ屋根が好きだ。
港の見える丘公園に散歩に行く際などにはいつも立ち止まって見上げる。
うろこ状の天然スレートのデザインが気に入っている。
天然スレート屋根の葺き方については主に「魚鱗葺き」と「一文字葺き」が使われていたようだ。(東京駅の戦後修復時の例)
この屋根は専門用語では「天然スレートの魚鱗葺き屋根」と言うことになるだろうか。
山手十番館は昭和42年(1967年)明治100年を記念して建てられたもので、山手地区にある他の歴史的建造物よりは比較的新しいが、異国情緒を感じる横浜らしい建物だと思う。
1階はカフェ。2階はランチ、ディナーを愉しめるフレンチレストランが営業している。
同様の天然スレートの魚鱗葺きは横浜開港記念館の屋根の一部にも見られる。
近くのイタリア山のある「外交官の家」の屋根は天然スレートであるが全面一文字葺きになっている。
使い方は異なるが山手本通りの民家の壁面にも角張った魚鱗葺きの天然スレートが使われているのが確認できた。
天然スレートは粘板岩を加工して作られている。
ブリタニカで調べると
”粘板岩(ねんばんがん)とは、泥質岩に剥離性が発達した岩石。泥質岩が広域的な微弱な変成作用を受けるとやや再結晶作用が進み,岩石劈開が発達して薄くはげやすくなる。岩石劈開による剥離面は地層面と一致するものが多いが,一致しない場合もしばしばある。日本の古生界や中生界にきわめて多い。粘板岩の変成が少し進んだものが千枚岩。石板,瓦,砥石 (といし) などに使われる。”
とあり、日本では古くから良質な粘板岩(または頁岩)を、スレート屋根や塀などの建築材料、硯や砥石などの材料として用いているようである。
現在日本では東北の雄勝町でしか天然スレートが生産されていないとのことであるが、東日本大震災の影響で不足した天然スレートは雄勝産に品質が近いスペイン産を使用したそうである。(屋根専門石川商店HP:riverstone-roofing.comより)
調べていくうちに「フランスは最も天然スレート瓦を使う国」というブログの記事を見つけた。https://otium.blog.fc2.com/blog-entry-1711.html
フランスでは天然スレートを「ardoise(アルドワーズ)」と呼ぶらしい。
Wikipediaによるとフランス国内では、毎年1,100万平方メートルの天然スレート瓦がふかれていて、世界で最も多く使っている国ということになるのだという。
パリではメイン通りに面した建物の屋根はアルドワーズ(天然スレート)を使うことが法律で義務付けられている。
確かにパリの建物の屋根は通りから見渡す限り全部黒で統一されていて、それがパリの街の景観を引き締めているように感じる。
景観保全の意識が高い国民性もあるのであろう、安価な板金やセメント、人工素材の屋根材などは国民に受け入れられないようだ。
天然スレートの屋根材はイニシャルコストは掛かるが、ほぼメンテナンスフリーであるから、堅固な石の家に住んでいる人々にとってはコストパフォーマンスは高いのであろう。
昨年英国のケンジントン・ガーデンにある現代美術館「サーペンタイン・ギャラリー」前に、毎年夏限定で登場する大注目の建築パビリオンを日本人建築家・石上純也氏が担当した。
ヴェネチアビエンナーレ国際建築展で金獅子賞を受賞したほか、昨年、カルティエ現代美術財団(パリ)において大規模個展を成功させ、世界でも高い評価を受ける建築家である。
石上氏が建築要素の中で最も一般的な屋根に着想して制作したのが、61トンの天然スレートをランダムに積み重ねた屋根である。
緩やかな曲線を描く屋根は複数の細い柱で支えられていて、洞窟のような空間を作り上げている。
イギリスでも天然スレートの屋根材は今でも多く使われている。
「自然と人工的なものが交差し、風景の一部になるようにイメージしました」と石上氏は語る。https://casabrutus.com/architecture/110165
石の文化を育んだヨーロッパでは建築がランドスケープ空間と一体化して都市が形成されている。
世界遺産になっている都市の屋根は何故か美しい。
日本でも以前は瓦屋根がスタンダードで、街の景観を作っていた。
童謡の「鯉のぼり」の歌詞は、「甍の波と雲の波、重なる波のなかぞらを、橘かおる朝風に、高く泳ぐや、鯉のぼり」である。
甍の語源は、高くとがっている部分「苛処(いらか)」のことだという。
従って、日本家屋にある甍とは、家の上棟(うわむね)、家屋の背、屋根の頂上部分を指すことになるらしい。
地方の家屋は今も瓦屋根の家屋が多いが、大型台風によって瓦が飛ばされるニュース映像が頻繁に届くようになったので、瓦屋根は台風に弱いというイメージが浸透したかもしれない。
しかし、瓦屋根自体に問題があるわけではなく、昔の工法に問題があるという。
最近は瓦の軽量化とともに、耐風性を考慮した瓦同士を固定できる防災瓦が注目されているようだが、化粧スレートの屋根が主流となる流れは変わらないように思われる。
最近新築の家屋を観察すると、化粧スレートの屋根で軒先が極端に短い設計が目立つようになった。
調べてみると、建物の固定資産税の算出には屋根の部分も含まれるため軒先が大きく、大きな屋根だとその分、税金も高くなってしまうのだという。
軒先を短くすれば、それだけ建材も少なく済み、コストカットになる。
販売業者と施工主双方にメリットが有るということであろうか。
街並みが経済的な理由により塗り替えられて文化が衰退していく現実は虚しい気がする。
天然スレートは日本では希少な存在であるがヨーロッパではいまでも需要は多いようだ。
古い建物をメンテナンスしながら長く住み続ける欧米では古ければ古いほど価値が高いという考え方が浸透している。
日本ではスクラップアンドビルドが主流のため天然スレートの屋根材が事業として成り立たなくなり衰退したと考えられる。
新たな価値観の創造ができれば産業として復活する可能性があるかもしれない。
私の自宅もそうだが、日本の住宅の屋根に使われているスレートの大半は人工の化粧スレートである。
値段が安く、施工も容易なため住宅ローンを組んで建てる住宅などはこの化粧スレートが標準仕様になっているケースが多いのではないだろうか。
しかし、耐久性が10年から20年と寿命が短く頻繁に塗装などのメンテナンスが必要になる。
放置していると汚れが激しく、見た目もすこぶる悪い。
天然スレートは100年以上の耐久性があり、メンテナンスフリーでリサイクルも可能なようだ。
日本の不動産の評価制度にも問題はあるかと思うが20年で木造住宅の価格がゼロに近くなるようなシステムだと価格優先にならざるを得ない。
今後の建築業界は売り切り型から、文化や環境と経済をバランス良く融合させる方向にシフトしていくことが望ましいと思う。
例えば、天然スレート屋根をリースと言う形で市場に提供して、リサイクルしながら活用していくビジネスモデルはあらたな価値観を提供できるのではないか。
また、最近自動車販売などでよく見られる残価設定方式のローンなども住宅販売に応用できないものだろうか。
ローコスト住宅並みの負担でハイスペック住宅に住めるようになる仕組みは新たな産業構造を生み出せる可能性あると思う。
いろいろな知恵を出し合って建築資産20年の壁を乗り越えることが出来るようになってほしいものである。
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